抑止力=脅し

アメリカ合衆国が潜水艦に小型核兵器を配置するとかしたとか。

なんだかんだ言って、力による脅しだ。

自分以外を自分の意に添わせるための有効な手段とみなしているのだろう。

パンデミック以前

新型コロナウイルスの感染拡大を見るにつけ、現代は地球上の国々は好むと好まざると有機的につながっており、それは忘れてはならないということを再認識させられる。

このつながりは「ゆえに感染が拡大する」ということではなく、「ゆえに局地隔離や閉鎖はできない」ということを指している。

局地の閉鎖や隔離はその地域の衰退を招聘してしまう。それは国家規模でも避けられない。人の移動は感染拡大の大きな要因であるが、平常時ならばそれは経済の循環に欠かせない。それが止まるということは経済的に瀕死の状態に至ることも十分考えられる。そしてそれは当事国だけでなく地球の反対側の国々へも影響が及んでしまう。

感情論だけで解決できないことの典型だ。

また、武漢市の人口流出に見るように人間の自由意思は止められない。どんなに完全に封鎖しようとしても不可能だろう。何としても不都合から逃げようとする人は少なからず存在する。

理性的にふるまうこと、世界は概ね現時点ではそうできているようだ。この緊張の糸が切れてしまわないことを、回りまわって自分が切ってしまわないことを切望する。

その後のデータベース(その1)

プリザンターは保留とした。ダウンロード版は環境構築に時間がかかりそうだからだ。Web版はすぐ使えそうだが踏ん切りがつかないでいた。どうも決め手に欠ける宙ぶらりんな状態で保留にしていた。

そうはいってもこれ以上条件にかなうものも見つからないだろうし、この辺で覚悟を決めて運用準備をはじめてょうが賢明かとも考えていた。

ここで条件を整理する。

  1. オープンソースかフリーのもの
  2. 日本語解説が入手しやすい
  3. クラウド対応できる
  4. リレーショナルデータベース
  5. 帳票印刷やラベル印刷しやすい
  6. データの加工がしやすい

1は一度挫折してAccessを手にしたが、やはり好きになれない。最悪最後の最後で他に候補がないとなればあきらめてAccessを選ぶしかないと考えていた。結果ここまでにネットで見つけたものは以下のものだった。
2は最悪英語くらいはあきらめて読むことにする。
3は状況次第。
4はリレーショナルでなくでもよしとする。
5は最悪CSV出力で印刷するか…。
6は簡単な関数が使えたりするとbetter

以下がこれまでに見つけたもの。

そのほか、Mysqlとかをphpで操作することも考えたが、自作した場合ソフトの堅ろう性や十分なセキュリティの確保に自信がなかった。

結果的にデータを入れてテストまで漕ぎつけたのはFullfreeだった。

Excelが実寸印刷未対応は怠慢でしかない

Excelは表計算ソフトである。計算を優先させるために印刷に関して犠牲は仕方がないと当然のように説明しているのを見かける。

しかし、これは「怠慢」でしかないと考える。

30年前のパソコン環境は貧弱でこれも致し方ないとあきらめていた。何しろ最優先の計算自体がものすごい負荷でしかなく、グラフ1つ描画するくらいでハングアップしたりした。しかし、30年前からマシンパワーが飛躍的に大きくなった現在、少なくとも個人使用のパソコンで計算機能優先という理由は本当に実寸印刷未対応の理由になるのだろうか?

理論上ほぼ無限の数のセルを扱うことができ、セルごとに書式が自由に変えたうえに、拡縮印刷も可能なところに実寸印刷を実現し始めたらきりがないことも、マシン環境もあっという間に資源を食い尽くしそうなのも何となく予想できる。

でもね、Excelを使用している大多数の利用者は無数のシートや無限に広がるセルはいらないわけでその分のパワーがあったら数十ページ対応の実寸印刷の方が嬉しかったりする。
それに実寸印刷を実際に必要とするのはテンプレート印刷の場合がほとんどで、全ページを実寸印刷というのはまずのないのではないだろうか。

それこそマシンパワー全開の緻密な計算が必要ならばそれに見合ったハードとソフトを使えよ…というところだ。予算の問題!?予算なんて永遠に解決できないじゃない。あればあったで、なければないでやりくりしていくしかない。そうやって(良し悪しは別にして)やってきた。これからもそうだろう。

Excelも科学計算用とオフィス用と分けてもいいんじゃない?

せめてもっとましな未対応理由を挙げてほしい。

年末調整

ちょうど1年前も同じタイトルで投稿していた。

今年度はネット上のサービスを利用して給与処理を本格化したため楽勝だった。サービス自体も数年前に初めてサービスを発見したときに比べできることが格段に増えていたし、自分も経験を経て入力処理がスムーズに進められるようになっていた。

1ヶ月ほど前に年末調整説明会に出席したが、こちらもこれまでに比べて理解の度合いが進んだと思う。理由として税務署側の説明が以前より分かりやすくなったことはともかく、自分の理解が進んだからだろう。

経験は重要だと痛感している。

どんなに簡単なものでもやってみないと分からない。また「入力できればOK」は「正しく入力できればOK」なのであって、その正誤判断は理解が進まないとできない。それに作業をしていてもやもやして仕方がない。それゆえに死ぬまで勉強ということなのだろう。

目標思考と調理

調理は段取りと状況把握、改善の繰り返しだ。実験と同じだ。

理由については散見されるのでここでは書かない。しかし、それを実感したのは最近だ。いったい何年自炊やらをしているのかと自分にあきれる。

以前の記事に目分量で調理することを書いた。好みの味を作ったりや手間の削減をするためには、いわゆるマニュアルやレシピから少し離れる必要があるからだ。そのための試行錯誤が繰り返されるわけだ。しかしその過程であまり大げさな失敗はできるならしたくない。食材がもったいないし、食べて片付けるのもしんどいからである。

だから段取りと状況把握だ。

その一方で割とはっきりしていることは「おいしいものを食べたい」という目的である。学生時代に卒論の目的を何とかでっちあげるような苦労はここにない。そしてその目的達成のために何らかの調理を行なって特定の料理を作るわけだ。

目標だ。

幸い、レシピの公開や写真等が普及した現代では料理のゴールは想像しやすい。こうなるはずだという目標が分かりやすい。あとは調理の過程でエラーとなるところを見つけ、修正すればよい。仮説検証だ。

実に論理的だと思う。ただしあくまでもトライ&エラーの繰り返しなのでそれほど効率的だとは言えないが、ゼロから始めるよりスタートもゴールもわかりやすい分道筋が見えやすい。

とはいうものの普段はこんなことを考えながら食事をとっているわけではない。科学実験ではあるまいし無粋だ。それでも、たまに失敗を面白がる手段としてこういった思考で取り組むのもよいだろうということでしかない。

受信料を支払っているのに調査員が来る

先に言っておく。NHKの受信料は支払っている。

なぜか時々確認しに来る。

NHK受信料についての説明内容にはあまり好感は持てない。だから調査員とやり取りをしていると、つい嫌みの一言も言ってやりたくなる。個人的恨みもないのにである。

毎回調査員は違う。もちろんNHK職員であるはずがなく下請け企業の社員だ。聞くところによると大抵の場合県外出身者という。何かトラブってもその時には調査員は転勤後ということらしい。企業的には真っ当に受けた仕事をしているのでトラブったとしてもよほどのことがなければ負けない。社員(おそらく契約社員だろう)が個人的にトラブルに巻き込まれることや長引くことを避けるためなのだろうか。

調査員も客の前ではにこやかに対応している。だが、こちらの気持ちはきっと伝わっていることだろう。ちょっとばかり申し訳ない気もする。しかしせっかくの休日に気分が台無しだ。口座引落で支払っているのだから放っておいてくれと思う。賃貸で部屋ごとに支払いの有無が確認できるだろうから、支払いが止まったところで確認しに来ればよいだろう。支払い開始を渋ることは多々あれど、停止は大抵の場合忘れないだろうから。

もし契約者がいない場合は引落を勝手に止めてくれるのだろうか?
それなら面倒がなくなるのでば助かる。

世の中の便利(その2)

便利は購入するものか、否か?

自分はあらゆる便利さに囲まれ、それを享受している。そしてその日常を手放したくないと思う。なぜなら便利さがなければ日常が酷くつらいものになるだろうと思うからだ。便利さは快適さを伴うからだ。

ライフラインの充実、エアコンや自動車、インターネット、コンビニエンスストア、各種サービス…などなど。

もちろん、自分にとって必要不可欠な便利さもあればそうでもないものもある。しかし、自分が日常生活そして仕事や気晴らしといった事柄をするうえで「手軽さ」は欠かせない。そのための便利さは大歓迎だ。

さて、そうはいっても物事には裏表があり大抵の場合どちらを選ぶべきかで迷うことがしばしばだ。この場合二者択一になる。

これをトレードオフの関係に落とし込めれば「バランス」というものが発生する。その場合両立が検討できるようになる。

とはいうものの自分にとっての便利さは手放したくないのは否定できない。夏のエアコンの季節になるとつい呟く。

地球に厳しい生活をするよ、だから便利さは購入できるものは購入したいと思う。

調理の思い込みと面白さ

調理というか料理というか、意外と好きな自分。特にもどき料理とか、簡単レシピなどで思った以上に本格的なものが出来上がるものは、その巧妙さが面白い。

食事のための料理は目分量で作ることができる。だが菓子作りについては計量が必要だと頭から決め込んでいた。たしかに計量して作れば失敗は少ない。しかし必ずしも自分の好みに合うとは限らないし、何かと面倒がある。

そんな思い込みを払拭できたのはパン作りがきっかけだった。

パン作りは工程が多い(と思っていた)ので日常的に自分で焼いて食べることはあきらめていた。ホームベーカリーを購入してまでは作りたくない。ホームベーカリは洗うのが面倒そうなので…。

しかし、ふと気づいた。

そういった便利なものが出回る以前やパン屋が増えるまでは海外では自分たちで焼いていたんだよな…。主食だし、面倒であっても日常的になんとかなる範囲でパンを焼いていたのではないかと思い至った。

店頭に並ぶようなパンを焼こうとするからハードルが高いのだ。そもそも目標の立て方が間違っていいたのだ。最終目標を限りなく高くすることは構わないが、目の前の目標にイラつくほど無茶なものは求めてはいけない。

それ以降、パンに限らず大概のものは目分量で作るようになった。最初の何回かは計量しておおよその暈を覚え、あとは試行錯誤を楽しむ。

ついでに洗い物を減らす工夫や工程なども考える。こういったHowtoを考えるのが意外と面白い。

こうしたら上手く出来上がるはずと考える自分に気づき「意外と自分は論理的なのかもしれない」と思う時がある。

新しく何かを始めるとしたら

やり直しではないが、試してみたい趣味(!?)がいくつかある。

まずキーボード。音楽的感性はからきしダメだが楽譜は一応読める。楽器の一つくらい演奏できたら楽しいかもと思う。ただ演奏する(音を鳴らすレベル)なら義務教育レベルはクリアしている。何とかなるんじゃないかと思う。楽器自体は手軽に入手出来てヘッドホンで聞くことができれば実は何でも構わない。選ぶほどのこだわりはない。

数学と英語を大学レベルくらいまで。高校で挫折気味だったが嫌いではなかった。仕事でこれらを使う機会はあまりないのですっかり忘れてしまったが、テストを意識しなくて良い今なら時間つぶしによさそうだ。論文を眺めるだけでも良いかもしれない。