受信料を支払っているのに調査員が来る

先に言っておく。NHKの受信料は支払っている。

なぜか時々確認しに来る。

NHK受信料についての説明内容にはあまり好感は持てない。だから調査員とやり取りをしていると、つい嫌みの一言も言ってやりたくなる。個人的恨みもないのにである。

毎回調査員は違う。もちろんNHK職員であるはずがなく下請け企業の社員だ。聞くところによると大抵の場合県外出身者という。何かトラブってもその時には調査員は転勤後ということらしい。企業的には真っ当に受けた仕事をしているのでトラブったとしてもよほどのことがなければ負けない。社員(おそらく契約社員だろう)が個人的にトラブルに巻き込まれることや長引くことを避けるためなのだろうか。

調査員も客の前ではにこやかに対応している。だが、こちらの気持ちはきっと伝わっていることだろう。ちょっとばかり申し訳ない気もする。しかしせっかくの休日に気分が台無しだ。口座引落で支払っているのだから放っておいてくれと思う。賃貸で部屋ごとに支払いの有無が確認できるだろうから、支払いが止まったところで確認しに来ればよいだろう。支払い開始を渋ることは多々あれど、停止は大抵の場合忘れないだろうから。

もし契約者がいない場合は引落を勝手に止めてくれるのだろうか?
それなら面倒がなくなるのでば助かる。

セキュリティソフト(その2)

ソースネクスト社のスーパーセキュリティをインストールした。

これを選んだ理由はもちろん「価格」!

これで事足りるのならばしばらくこれで行こうと思う。

スーパーセキュリティを入れて5ヶ月ほどになるが概ね順調だ。普段使っていてPCがやたら重いとかやたら警告がピコピコ出てくるとかがないので気に入っている。ここまでは満足している。

導入に際して困ったのは自分の通信回線が遅かったことによるインストールに要した時間。途中タイムアウトエラーがでてやり直した。一瞬回線契約を替えることも頭をよぎったが思いとどまった。なぜなら普段は特に問題ないからだ。問題になるのはインタネット経由でのインストールやアップデートの時くらいで、それもウィンドウズアップデートくらい(そして最も腹が立つ)が問題になる程度だ。なので今回は思いとどまった。

でも常駐ソフトなのでPCのスペックには余裕があったほうが良い。以前メモリ増設したものとは別のノートPCは2ヶ月くらいしたころから少々動きが重くなった。クリーンアップなどしても効果が今一つ、そのうちクリーンアップ時短に時間がかかるようになり、何よりExcelなどのアプリが重くなった。そこでこちらのノートPCにもメモリを増設した。

世の中の便利(その2)

便利は購入するものか、否か?

自分はあらゆる便利さに囲まれ、それを享受している。そしてその日常を手放したくないと思う。なぜなら便利さがなければ日常が酷くつらいものになるだろうと思うからだ。便利さは快適さを伴うからだ。

ライフラインの充実、エアコンや自動車、インターネット、コンビニエンスストア、各種サービス…などなど。

もちろん、自分にとって必要不可欠な便利さもあればそうでもないものもある。しかし、自分が日常生活そして仕事や気晴らしといった事柄をするうえで「手軽さ」は欠かせない。そのための便利さは大歓迎だ。

さて、そうはいっても物事には裏表があり大抵の場合どちらを選ぶべきかで迷うことがしばしばだ。この場合二者択一になる。

これをトレードオフの関係に落とし込めれば「バランス」というものが発生する。その場合両立が検討できるようになる。

とはいうものの自分にとっての便利さは手放したくないのは否定できない。夏のエアコンの季節になるとつい呟く。

地球に厳しい生活をするよ、だから便利さは購入できるものは購入したいと思う。

調理の思い込みと面白さ

調理というか料理というか、意外と好きな自分。特にもどき料理とか、簡単レシピなどで思った以上に本格的なものが出来上がるものは、その巧妙さが面白い。

食事のための料理は目分量で作ることができる。だが菓子作りについては計量が必要だと頭から決め込んでいた。たしかに計量して作れば失敗は少ない。しかし必ずしも自分の好みに合うとは限らないし、何かと面倒がある。

そんな思い込みを払拭できたのはパン作りがきっかけだった。

パン作りは工程が多い(と思っていた)ので日常的に自分で焼いて食べることはあきらめていた。ホームベーカリーを購入してまでは作りたくない。ホームベーカリは洗うのが面倒そうなので…。

しかし、ふと気づいた。

そういった便利なものが出回る以前やパン屋が増えるまでは海外では自分たちで焼いていたんだよな…。主食だし、面倒であっても日常的になんとかなる範囲でパンを焼いていたのではないかと思い至った。

店頭に並ぶようなパンを焼こうとするからハードルが高いのだ。そもそも目標の立て方が間違っていいたのだ。最終目標を限りなく高くすることは構わないが、目の前の目標にイラつくほど無茶なものは求めてはいけない。

それ以降、パンに限らず大概のものは目分量で作るようになった。最初の何回かは計量しておおよその暈を覚え、あとは試行錯誤を楽しむ。

ついでに洗い物を減らす工夫や工程なども考える。こういったHowtoを考えるのが意外と面白い。

こうしたら上手く出来上がるはずと考える自分に気づき「意外と自分は論理的なのかもしれない」と思う時がある。

新しく何かを始めるとしたら

やり直しではないが、試してみたい趣味(!?)がいくつかある。

まずキーボード。音楽的感性はからきしダメだが楽譜は一応読める。楽器の一つくらい演奏できたら楽しいかもと思う。ただ演奏する(音を鳴らすレベル)なら義務教育レベルはクリアしている。何とかなるんじゃないかと思う。楽器自体は手軽に入手出来てヘッドホンで聞くことができれば実は何でも構わない。選ぶほどのこだわりはない。

数学と英語を大学レベルくらいまで。高校で挫折気味だったが嫌いではなかった。仕事でこれらを使う機会はあまりないのですっかり忘れてしまったが、テストを意識しなくて良い今なら時間つぶしによさそうだ。論文を眺めるだけでも良いかもしれない。

レシピでの材料の分量は重さか体積で統一してほしい

1つの料理のレシピを掲載するときは材料の分量は重さか体積で統一してほしい。表記はどちらでも構わないのだが、混在すると換算が面倒だ。洗い物も増える。

体積ならば大きな計量カップに材料を入れていくだけ。

重さならば秤の上にボウルを置いて材料を入れていくだけ。

中には厳密な量を求める料理もあるが、大概は何となく大丈夫だ。商品ならばきっちり作るべきだろうが、ホームメイドなら洗い物は少なくしたいし、手軽に作って食べたい。もともと料理自体はそんなものだろうし。

慣れてしまえば目分量でできるから構わないのだが、慣れるまで、覚えるまではある程度目安が欲しい。

何事もシンプルに。それが一番。

世の中の便利(その1)

まだパソコン通信でネットにつないでいたころを考えると「こんなこともできるようになったのか…」と嘆息せざるを得ないことが多々ある。親の世代よりは格段に便利な時代に生まれたはずなのだが、世の中の急激な変化とは改めて考えると脅威でしかない。年寄りの戯言でしかないが、つらつらとあげてみたい。

インターネット回線が定額制になった。おまけに回線の高速化が進んだ。夜中のカケホーダイ…。ダウンロードや動画に恐ろしく時間がかかった。

CPUやメモリ、記憶媒体の高速化、大容量化。デスクトップのメモリをやHDDの容量を増やすのにどれだけつぎ込んだものだろう。数値計算や画像や動画編集に一晩かかるなんて序の口だった。幸い、自分は音楽には関心がなかったのでそっちでは苦労しなかったが、それでも容量と速さとの格闘は続く。とはいえ、今日でも肥大した機能やソフトを動かすために廉価版のPCだととんでもないことになる。

オープンソースやフリーウェアソフト、シェアウェアソフトなどの増大。少し探すと試してみたいライブラリがたいていは見つかる。仮にその時に見つからなかったとしても少し時間がたつと利用できそうなものが現れる。その待ち時間が格段に短くなった。そしてそのレベルも格段に高くなっている。以前のように「ちょっと作ってみました!」レベルでは太刀打ちできない現実に打ちのめされないでもない。

子どものころ超能力(サイコキネシスとかテレパシーとか)に憧れたことがあった。さすがに生身の身体のみでは無理だが、器機を使用することで超能力でなら得られると憧れた結果の一部をそれなりに享受できるようになった。これはものすごいことでもあるが、一方で熱にうなされたような憧れとかを失った気がしたりする。

幸いなのはこれらの黎明期(といっても日常生活にこれらが広まっていくというレベル)と自分の人生が一緒に流れていたので比較的混乱が少なかったことだ。今後はそうも言ってはいられまい。そのとき、自分はどう向き合っていくのだろうか

XLOOKUP

ネットサーフィンをしていてタイトルのExcel関数を見つけた。8月末に発表されて現在は試運転中らしい。

VlOOKUPとHLOOKUPの両方の機能を備え、検索値のあるセルの左側の列も検索できるらしい。これ、かなり嬉しいかも。

HLOOKUPはほとんど使用しないからどうでも(!?)いい気がしないでもないが、検索セルの位置が自由に選べるのはとても助かる。基となる表を編集し直すことなく条件検索できることになるからだ。

うっかりすると関数てんこ盛りでものすごく重いシートや後日リンクエラー出しまくりの複雑なシートを作ってしまいそうだが、ちょっとした作業ややっつけ仕事の時には重宝するだろう。

たまにはマイクロソフトもよい仕事をするもんだ(なぜか上から目線)とつぶやいてみた。

Windows 10 May 2019 Updateとかいうやつ

あまり改善された気がしない。これまで特に不自由を感じていないからだろう。いや、不自由はあるがそれ自体が「余計なお世話」的機能なので半ばあきらめているものが多い。

もしかしたら使いやすくなっているのかもしれないが、いままでその期待に応えてもらえていない気がするので、放置。いうほど便利になった気がしないのはマイナスがゼロになったからか?それはそれで開発者が気の毒な気がしないでもない。

あえて言うなら、これ以上余計なことをしないでWindowsを改悪しないでほしい…と切に願う。

Access(その1)

あまり相性が良くないと改めて思いつつ、どうにか簡単なレポート作成ができた。それにしても Access の使いにくさには閉口する。ただし、あくまでも自分個人の不満であり、データベースアプリを一から作る必要のない環境を提供してくれていることには感謝している。

では Access の何が使いにくいのか?

・用語が分かりにくい。それぞれの用語の意味するところが分かりにくい。普段使わないものは覚えるしかないとして、同じ表記でありながら意味が違うものは混乱する。

・最初にデータベースを作ること。その際ファイルを所かまわず吐き散らすこと。開発関係のソフトでもありがちだがプロジェクト名を指定して保存させる割にはファルダに格納するとかの配慮がない。うっかり保存しようものなら後々ファイルの回収で地獄を見る。

・データの貼り付けに癖がある。テスト用にとExcelからデータをコピペしようとすると、ワンクッション必要。そのまま張り付けさせてほしい。

・ Access に限ったことではないが、メニューがリボンになってから画面表示がヒョコヒョコ変わりどこになりがあるのか分からない。プロパティウィンドウやその他のウィンドウもしかり。表示スペースに制限があるためとは思うが先の画面に戻る方法を探すのに苦労する。

・ Access は開発用だからかネットでも初心者向けの分かりやすい説明は見つけにくい。Excelなどは作業用だからユーザの操作が特定しやすくある程度用途に応じた解説をつけやすいのだろうが、開発はそのものによって欲しい機能が異なりそれを実現する Access 側の機能や方法は千差万別のため誰でもわかる説明はしにくいのだろう。